労働者に対して個別になされる減給措置が適法かどうかを判断するうえでの理論的なポイントは、①減給が賃金制度上予定されているものか(減給に就業規則の合理的な規定など契約上の根拠があるか)、②使用者の措置に権利濫用や違法な差別など強行法規に反する点はないかの2点にある。
個別の減給措置がなされるケースとしては、労働者の合意がある場合のほかに、職務や職位が変更されて賃金が引き下げられる場合と、年俸制など能力や成果の評価に基づいて(職務や職位は変更されないまま)賃金が減額される場合がある。
なお、集団的に行われる賃金引下げの適法性については、労働協約による不利益変更、就業規則の不利益変更、変更解約告知を参照。
1 労働者の合意がある場合
使用者による賃金引き下げに対し、労働者が明示または黙示の同意をすれば、合意によって労働契約の内容が変更されることになる(労働契約法8条)。
もっとも、使用者によって一方的に引き下げられた賃金を労働者が異議を述べずに受領していたとしても、そこから労働者による黙示の同意を認定することには慎重であるべきである。会社の雰囲気など使用者による有形・無形の圧力のなかで、労働者が真意によらずにそのような行動をとらざるを得ない状況に置かれていた可能性があるからである。
2 労働者の合意がない場合
(1) 職務や職位の変更による減給の場合
ア 職務や職位と連動した賃金制度(職務給、役職手当など)の場合
職務や職位が適法に変更されたときには、それと連動して賃金も変動することになる。そのようなものとして賃金制度が設計・合意されているからである。
ただし、職務や職位の変動自体の適法性(特にその権利濫用性)を判断する際に、賃金減額の大きさが労働者の著しい不利益の1つとして考慮されることになる。
イ 職務や職位と直接連動していない賃金制度(年功給、生活手当など)の場合
職務や職位が変更されても、賃金は当然に変動するわけではない。
賃金制度上予定されていない減給については、それを基礎づける特段の根拠(当該労働者の同意や就業規則の合理的な規定など)がない限り、これを行うことはできない。
ウ アとイの中間的な賃金制度(職能給など)の場合
当該賃金についての当事者間の真の合意内容がアかイかを認定することが必要である。
(2) 能力や成果の評価に基づく減給の場合
年俸制など労働者の能力や成果の評価に基づいて個別に賃金額を決定する賃金制度において、評価が低いことを理由に賃金(年俸)が減額されることもある。
このような減給措置が適法にされるためには、①能力・成果の評価と賃金決定の方法が就業規則等で制度化され(労働契約の内容となり)、かつ、②その評価と賃金額の決定が権利濫用や違法な差別など強行法規に反しない態様で行われたことが必要になる。